エジプト旅行記
アブ・シンベル〜アスワン〜ルクソール〜カイロ
2012年12月31日〜2013年1月7日  Vol.1


某大手旅行会社のツアーに参加し、エジプトへ行ってきました。出発が1日遅れるハプニングもありましたが、その後は順調で、エジプトを満喫することができました。




12月31日

20:50発のエジプト航空MS965便でカイロに出発・・・のはずが、乗るはずの飛行機が機材整備のため到着せず、まさかの運航日変更。千葉駅前の東横インで新年を迎えることとなってしまいました。さすがに疲れて、この日は紅白も見ずに爆睡。


何とももの悲しい案内板。




1月1日

9:30出発の予定が更に1時間遅れ、カイロに出発しました。


左)20:50→9:30→10:30と出発時刻が変更。 中)エジプト航空のボーイング777。尾翼にはホルス神のマーク。 
右)新春の日本の空。快晴です。


予定どおりの運航でないためか、飛行機は搭乗口からたいへん離れた場所に停まっており、延々とバスで移動しました。FedExの貨物便が停まっているあたりに私たちの飛行機はありました。

カイロまでは14時間のフライト、遠い。。。おまけに昼間の14時間はキツイ。。。普段の睡眠時間の2回分以上です。
フライト中、機内食が2回と、その間におやつのおにぎりが出てきました。

現地時刻17:30頃、カイロに到着。
渋滞のカイロ市内を抜け、20時頃ホテルに到着しました。
本日のお宿はアマランテ ピラミッズ(AMARANTE PYRAMIDS)。おなかが一杯だったので夕食はキャンセル。
本日予定されていた、カイロ/ギザの観光は1月6日に延期です。
飛行機の中では寝てばかりいたのに、寝疲れて、そのまま爆睡。


アマランテ ピラミッズのお部屋です。




1月2日

早朝1:15にモーニングコール。2:45にホテルを出発。4:50発のエジプト航空MS090便でアスワンに向かいました。
結局、ホテルには6時間と少ししか滞在しませんでした。ということで、写真もお部屋の1枚のみ。


エンブラエル170です。ブラジル製の飛行機。


1時間と少しでアスワンに到着しました。




アスワンの名所巡り

自宅を出発して丸2日。やっと観光開始です。
まずはアスワンの名所を周りました。アスワンハイダム、切りかけのオベリスクの順に周りました。

-アスワンハイダム-

●アスワンハイダム
ナイル川の氾濫防止、灌漑用水の確保、電力確保を目的につくられた幅3600mm、高さ111mの巨大なダム。ソ連の協力により1970年に完成。このダムにせき止められてできたのがナセル湖で、広さは琵琶湖の7.5倍、全長は500kmを超えスーダンに達します。ダムの完成後、アスワン地方では、ナセル湖から蒸発する水により、時折、豪雨が降るようになったとのことです。防衛上の要所でもあり、高倍率ズームでの撮影、ビデオ撮影は禁止されていました



左)ナセル湖に上る朝日。 中)ダムから下流側を望む。この遥か下流のカイロを経て地中海に至ります。 右)上流側の発電所。




-切りかけのオベリスク-

●切りかけのオベリスク
アスワンは石の産地で、ここで切り出された石が、ピラミッドや神殿建設のため、ナイル川を利用して運ばれていきました。ここには切り出し途中で放置された、「切りかけのオベリスク」が残されています。オベリスクとは、古代エジプトの太陽神信仰の象徴的なモニュメントで、ひとつの石で造られた高く長い直立の石柱のこと。切りかけのオベリスクは長さ42mあり、重さは1168トンと推定されています。切り出し中に亀裂が見つかったため放置されたと考えられています。



左)切りかけのオベリスク。  中)切りかけのオベリスク。反対側から。 右)石切り場の頂上?



この後、ナイル川のほとりの丘の上からナイル川を眺め、アブ・シンベルに向かいました。


左)町で見かけた改造バイク?
右)アスワンの丘の上からの風景。映画「ナイル殺人事件」の舞台となったあたりです。


11時にアブシンベルに向けて出発しました。アブシンベルへはバスでノンストップで3時間の道程です。
不測の事態に備え、バスが隊列を組み、砂漠の一本道を走ります。バスには警官も乗り込みました。




アブ・シンベル探訪
-アブ・シンベル大神殿&小神殿-


14時頃、アブ・シンベルに到着。アブ・シンベル大神殿と小神殿を訪ねました。


●アブ・シンベル大神殿
第19王朝の大王ラムセス2世(在位:前1279年頃-前1213年頃)がつくった神殿。長い間、砂に埋もれておりましたが、1813年、スイスの探検家により発見されました。アスワンハイダム建設時に水没の危機に見舞われましたが、ユネスコの活動により救済され、もとの場所より62m高い現在の場所に移設されました。

●アブ・シンベル小神殿
ラムセス2世が最愛の王妃、ネフェルタリのために建てた神殿です。

〇ラムセス2世
在位:前1279年頃-前1213年頃 年代には諸説あり
24歳で即位し、66年間統治し、90歳で没したとされています。エジプト各地に多くの建造物や彫像を残し、建築王として知られています。ヒッタイト帝国とカディシュの戦いを交えたこでも知られています。ラムセス2世には7人の王妃とたくさんの愛人、111人の息子と69人の娘がいたそうです。



上左)大神殿正面。高さ20mの4体のラムセス2世の座像が鎮座し、その足元には王妃と子供の像が建てられています。4体のラムセス2世は左から右に行くほど年齢が進んだラムセス2世とのことです。
上右)右から2番目のラムセス2世の足元に、最愛の王妃、ネフェルタリがいらっしゃいます。
下左)正面左にはヌビア人奴隷のレリーフ。 下右)正面右にはシリア人奴隷のレリーフ。


神殿内部にもオシリス神の姿をしたラムセス2世像が8体建てられ、王の業績、戦いの様子等の記されたレリーフが残されていました。(撮影禁止)


左)小神殿正面。ラムセス2世の像が4体とネフェルタリの像2体が並んでいます。こちらも神殿内部は撮影禁止。
中)神殿の目の前にナセル湖が広がっています。
右)神殿の脇にはブーゲンビリアが咲いていました。




再び、バスで3時間走り、アスワンへ。今日からクルーズ船、プリンセス サラ号(Princess Sarah)に宿泊です。




1月3日

朝、アスワンを出航し、コム・オンボに向かいました。


左)プリンセス サラ号(Princess Sarah)。
中)私たちの客室。船の4Fです。海が見える部屋。
右)中央の吹き抜け。


上左)ナイルの朝日。  上中)上右)ナイルの暮らし。
下左)川のほとりには放牧されている牛や馬の群れ。 下中)シラサギの群れ 下右)中洲にペリカンがいました。


左)キャプテンが操舵室を見せてくれました。
中)ゆっくりとナイルを下ります。
右)部屋に戻ると、ベッドメイクスタッフの粋な計らい。コブラのオブジェ。


10:30頃、コム・オンボに到着しました。




-コム・オンボ神殿-

コム・オンボの船着場から徒歩でコムオンボ神殿へ向かいました。


●コム・オンボ神殿
ハヤブサの神、ホルス神と、ワニの神、セベク神が祀られた神殿。
プトレマイオス朝時代、プトレマイオス6世
(前180-145年)の治世の初めの頃に建築が開始され、その後の王により増築されました。
ホルス神とセベク神はいとこ同士なのに仲が悪く、仲良くして欲しいとの人々の願いから、この神殿が建造されたそうです。



上左)コム・オンボ神殿、正面。 
上中)向かって左側にはハヤブサの神、ホルス神のレリーフ。 上右)向かって右側にはワニの神、セベク神のレリーフ。
下左)処方箋のレリーフ。どんな症状の時に、何をどのくらい飲めば良いか、書いてあります。
下右)陽のあたらないところには古代の「色」が残されています。


左)クレオパトラって書いてあるそうです。
中)古代の人がお供え物を供えた場所。
右)遺跡に棲みつくエジプトのスズメ。日本のものと色合いが違います。


神殿の隣にはワニの博物館があり、神殿の近くで見つかったワニのミイラが展示されていました。




船に戻り、エドフに向けて出航。
16時頃、エドフに到着しました。




-ホルス神殿-

エドフの船着場から馬車でホルス神殿へ向かいました。
本当は馬車や馬の写真を撮りたかったのですが、何かするごとに御者にチップを要求されるので、写真ナシ。


●ホルス神殿
ハヤブサの神、ホルス神に捧げられた神殿。
プトレマイオス朝時代の前237年〜前57年に建造されました。



上左)馬車を降りて神殿へ歩きます。 上中)神殿塔門。 上右)列柱室の入り口。
下左)ナイル川の上で年に1回、7月10日にだけ会うことができる、ホルス神のお父さんお母さんのお話しのレリーフ。エジプト版七夕のお話しです。
下中)ワニの神セベク神のお父さんがホルス神に復讐され、カバにさせられたお話しのレリーフ。
下右)神殿奥の至聖所。


左)遺跡を守るネコ。
右)帰るころにはすっかり夕暮れ。



船に戻ります。





左)船の食事はビュッフェ形式でした。現在のエジプトはイスラムの国で一般にお酒は売られていないのですが、旅行者向けにはお酒が売られています。こちらは船で飲んでいたSTELLAビール。表記はアラビア語。
右)夕食後、ガラベイヤパーティが催されました。民族衣装を着て楽しみましょう、のパーティです。エジプト版の椅子取りゲーム〜音楽が止まると人の数より1本少ないスプーンを拾う〜が行われましたが、最後はなでしこマダムvsイタリアマダムのバトルとなりました。こういったゲームでも、反則技を駆使し、勝負を挑む、恐るべし、イタリアマダム!



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