中国旅行記 哈爾浜〜長春〜瀋陽〜大連・旅順
2010428日〜53日 Vol.1


かつて、現在の中国東北部に『満洲国』という国がありました。今よりほんの少し前の時代です。私の身近に旧満洲で幼少期を過ごした人がおります。彼女の一家がどんな思いで満洲行きを決断し、どんな夢を描き、どんな生活をしていたのか、今、現役の世代の一人として興味深く思い、いつかはこの地を訪ねてみたいと思っておりました。某旅行会社のお手頃価格のツアーを見つけ、参加することにしました。

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中国国際航空で、北京経由でハルビンへ。
実はこの日の朝、神奈川県は豪雨。自宅から駅までの道が冠水して寸断され、車は通行不能。大雨の中、荷物を抱え、水につかりながら、駅まで20分歩くはめになりました。何とか成田の出発に間に合い、ツアーに参加することができました。この日は移動で終了。



429 哈爾浜(ハルビン)

中国黒竜江省の省都。帝政ロシアの東清鉄道建設に伴い発展し、1932年の満洲国建国後、1945年までは実質的に日本の支配下に置かれました。今でもロシア風、欧州風の建物が多く残り、ロシア系の方々も多く見かけます。


早朝、駅の周りを散策しました。

左)ハルビン駅。1909年、この駅のホームで伊藤博文が暗殺されました。 
中)ハルビン駅前。ものすごい人混みと車の数です。チャイナパワーを感じます。
 道路を横断するのも命がけ。中国人ドライバーの運転技術が高いのか、交通事故や凹んだ車は見かけません。
右)今回宿泊した、崑崙大酒店。


朝食後、市内観光に出かけました。


上左)ハルビンを代表する名所、ソフィスカヤ寺院。ロシア正教の教会です。
上中)上右)下左)下中)下右)中央大街。 かつてはロシア語でキタイスカヤ(中国人街)と呼ばれていました。
 帝政ロシア時代の建物が30棟ほど現存し、現在はハルビン随一のショッピング街となっています。
 上中)中央大街の全景 上右)旧松浦洋行 下左)旧モデルンホテル 下中)旧万国洋行  下右)不明


ユダヤ教会中央大街から少し離れたところにあります。
かつては多くのユダヤ人が在住し、ハルビンの経済を支えていたそうですが、1950年までに、ソ連、アメリカ、イスラエル等に移住していったとのことです。


松花江のほとり、スターリン公園へ。
松花江はアムール川最大の支流。源流は、北朝鮮/中国の国境、白頭山の山頂付近です。

左)松花江  中)スターリン公園  右)路上で字を書いているおじさんです。


左)中)お昼にハルビンビールとボルシチを頂きました。 ハルビンのビール消費量はミュンヘン、モスクワに次ぎ、世界第3位だそうです。
右)昼食後、中国新幹線・和諧号で長春へ。
 衝突、脱線事故で有名になった和諧号です。私たちは指定席でしたが、席には知らない中国人が・・・。指定席でも空いていれば座ってしまうのが中国流。


長春

吉林省の省都。かつての満洲国の首都、新京です。「近しい人」が幼少期を過ごしたのはこの街の郊外でした。ガイドさんによると、現在の長春は、杜の街、自動車の街、文化の街とのことです。フォルクスワーゲン、トヨタ、マツダの工場があります。


左)中)長春駅です。現在の駅舎は1995年に建築されたもの。
右)戦前からある給水塔です。車窓から撮影。 



長春市内には満洲国時代の建物が多く現存し、今でも大学や各種機関の建物として使用されています。

左)旧関東軍指令部。今は中国共産党吉林省委員会の建物として使われています。いかにも日本の統治の象徴のような建物ですが、中国共産党にこれを使い続けることへの抵抗はないようです。どうどうと真正面から撮影すると連行される恐れがあり、車窓から撮影。
中)旧国務院。今は吉林大学基礎医学院。国会議事堂風の建物に中国風の屋根
右)
旧軍事部。今は吉林大学付属第一医院です。


左)今回宿泊した中日友好会館  右)夕食で頂いた、雪花ビール



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